考古遺跡とお祭りと。。。その3

最終更新: 2018年10月23日

'18.5月

 あいにく夜中から雨、、、昨日のお祭りでなくて良かったけど、遺跡を見て回るのに

 雨は困るよなぁ。。。


 とりあえず小降りの中、まずは田園に佇む至トレニタ サッカルジャ教会へと向かう。

 その後はヌラーゲローザを横目に見てサンタクリスティーナの聖なる井戸に寄ったけど

 どんどん雨はひどくなる一方。。。😥 軽いプランツォを挟んでタロスに着いた時は

 何とか小雨になっていたものの、皆さんが見学中に本降りになり、とうとうズブ濡れの

 羽目になってしまい、、、天候ばかりはどうにも出来ないもののホントにお気の毒 😖


 明日はApe(オート三輪)でヌラーゲなどを回る予定にしていたけど、明後日に延期。

 何とかお天気が持ち直してくれるといいけど。。。


 というわけであくる日は予定変更、博物館は雨でも大丈夫だろうとモンテヴェッキオ

 鉱山跡の博物館とナイフ博物館へ向かうことに。

 モンテヴェッキオ鉱山跡は本来なら土日しか開いておらず、平日は予約のみ。しかし

 ラッキーなことにこの日は小学生の校外学習で開いていたため我々も入れることになり

 賑やかな小学生に混じっての見学。

 

 -Palazzo della direzione di Montevecchio-

  アルブスとグスピニが共有している博物館。1960年代までヨーロッパの中でも鉛、

  亜鉛の採掘場として重要な位置にあった鉱山、モンテヴェッキオ。

  採掘が活発に行われ、栄えていたのは1800年代中頃で鉱山を中心として鉱員の家、

  病院、教会、映画館、レストラン、ホテルなど、そして現在は博物館となっている

  鉱山創設者のお屋敷がその周りにあった。 


 はじめにお屋敷見学。1Fと2Fは鉱山の事務所、3Fが創設者家族が住む家、4Fがキッチン

 &使用人の住む部屋。創設者はサッサリ出身の弁護士だったそうだが、お屋敷を見ると

 かなりの裕福さが窺える。ちなみに彼はお屋敷が出来上がる1年前に残念ながら亡くなり

 住むことは叶わず、その娘家族が住んでいたそう。

  床には鉱山のシンボルである採掘道具が見られる(写真上左から2枚め)

  食堂(写真上右端)には料理を運ぶエレベーターがあった(写真下左端、左から2枚めは

  上のキッチンに繋がっているところ) 写真下右から2枚めはキッチンの一部。

  右端は中でも一番豪華な部屋、その色使いから“青の部屋”と呼ばれている。 


 お屋敷のあるところから車で少し移動しながら鉱員の家跡や作業所を見学。

  写真上:左端は採掘された鉱物。右から2枚めは鉱員の家、3軒続きで1軒につき

  寝室とキッチン&食堂があり、トイレは共同だったが、この時代に家の中にトイレが

  あったのは珍しい。右端は鉱物を運んでいた動物(牛や馬)を繋いでいた部屋。

  写真下:上からさらに移動した鉱物を溶解、成形していた作業所。狭い場所に大勢の

  作業員が働いていた。

  

 近くでプランツォをすませた後に訪れたのはお客さまご夫婦のご主人たってのご希望

 だったナイフ博物館。


 -Museo del coltello sardo-

 島の中でも町により細工が異なるナイフだが、特に有名なアルブスのナイフ職人Paolo

 Pusceddu氏のプライベート博物館。彼の工房に隣接し、彼の作品はもとより、島の

 ナイフの歴史を見ることが出来る。アルブスで作られるナイフは刃が大きくカーブして

 いるのが特徴で"Arrasoias"と呼ばれている。

   真ん中の写真は以前の自身のナイフの大きさギネス記録を超えて新たにギネスに

   載った巨大なナイフ。右は作業所で組み立て待ちのナイフたち。


 気に入られたナイフを2本ご購入でご満悦だったようで😊 

 お天気も回復したのでこの後、近くの海岸沿いをドライブしてから帰ることに。

 もう少しつづく。。。


#サルデーニャをまわろう #モンテヴェッキオ #鉱山跡 #アルブス #ナイフ博物館

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​Profilo

’03年よりサルデーニャに移住。家庭料理や食材探求を続ける傍ら”食”をテーマに現地の旅行、視察、料理教室などをコーディネート

著書に"家庭で作れるサルデーニャ料理"(河出書房新社)

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