考古遺跡とお祭りと。。。その1

最終更新: 2018年10月23日

'18.5月

 5月といえばいつもなら日光浴をしに海に行く人が出始める頃なのに今年は

 雨続きでおまけに肌寒い。そんな中、旅行好き、考古遺跡好きのご夫婦と

 奥さまのお友達3名のお客さま。ほんの少し私より人生の先輩たちで忙しい

 旅よりゆっくりとした旅をご希望、ということで旅の始まりはアルゲーロを

 拠点に周辺を見学。ちょうどサッサリでカヴァルカータのお祭りもあり。


 まずはサッサリ郊外にあるピラミッド型の遺跡モンテ ダッコッディ。

  -Monte d'Accoddi-

  紀元前4000年後期(新石器時代中期)からいくつかの段階を経て建てられた

  巨石複合体。第1段階では家(小屋)が点在する集落が定住していたようで

  集落の中には共同墓地を示唆するものがメンヒル(単一で直立した巨石記念物)

  とふたつの生贄のための石板と共に見受けられた。時代を経て第2段階では

  その集落の上に長い斜面に繋がる先端を欠いたピラミッド型石の祭壇が

  造られた。上部には南に面した広い部屋があり、壁が黄土色で覆われていた

  ために“赤い寺院”と呼ばれている。その後、紀元前3000年初期にこの祭壇は

  恐らく火災のために消滅し、紀元前2800年頃に土、石、粉砕された石灰岩の

  交互の層からなる、現在見られる巨石複合体の遺跡によって“赤い寺院”は

  覆われてしまった。

  しかし第2段階同様、長い斜面に繋がる先端を欠いたピラミッド型石の祭壇の

  形は保たれており(かなり大きく以前のものは完全に覆われてしまったが)、

  サルデーニャのみならず地中海でも唯一の巨石複合体の階段型祭壇である。

  これは古代メソポタミアのジッグラト(日干し煉瓦を用い数階層に組み上げて

  建てられた巨大な聖塔)に匹敵するとされている。

  以後、古代青銅器時代には使われなくなり、廃墟となり土に埋もれてしまい、

  長い間、考古学者たちは島に多数あるヌラーゲだと考えて考古学発掘作業は

  行われなかった。1950年代、さらに1980年代にようやく考古学発掘作業が

  行われ、重要な考古学的遺跡として見なされた。 

 

 写真上はモンテ ダッコッディの遺跡。下は遺跡から発掘されたものが展示されている

 サッサリの考古学博物館。

  写真上の右からふたつめの石は大きなものは太陽、小さなものは月を表していると

  言われている。一番右の写真、上は遺跡に置いてあるレプリカ、下がオリジナル。

  ちなみに写真下の他の写真はモンテ ダッコッディ以外の遺跡から発掘されたもの。


 上記の考古学博物館には常設の遺物展示以外に期間限定の特別展示物もあり、この日は

 昔の生活に使われていたものが展示されていた。

  

 

 遺跡を見た後はアルゲーロに戻り、旧市街地でプランツォ。少しのシェスタのあと、

 カッチャ岬までドライブ。3人さまは少しだけ階段を降りて景色を満喫されていた。

  アルゲーロの旧市街地でのプランツォはここ、まずまず間違いなし。プリモ(イカスミ

  との2色のタリアテッレ、魚のソース)とドルチェ(クレーマカタラーニャ、見えない

  けどカラメルにするため、クリームの上に角砂糖を置いて火が付いてる)はここの定番

  セコンドはお肉かお魚、で私はお魚、カジキとマグロのロースト。火の入り具合が👍


 あくる日はカヴァルカータカ祭り!つづく。。。


 #サルデーニャをまわろう #遺跡 #サッサリ #モンテダッコッディ


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​Profilo

’03年よりサルデーニャに移住。家庭料理や食材探求を続ける傍ら”食”をテーマに現地の旅行、視察、料理教室などをコーディネート

著書に"家庭で作れるサルデーニャ料理"(河出書房新社)

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